太平洋戦争の太平洋諸島において、アメリカ軍が上陸したマキン島では1943年11月24日に、タラワ島では11月25日に、日本軍は全滅した。引き続いて日本軍は、クウェゼリン環礁では1944年2月6日に、サイパン島では7月7日に、テニアン島は8月2日に、グアム島は8月11日に、アンガウル島は10月19日に、ペリリュー島は11月23日に全滅した。
第二次世界大戦で、日本人の外国における戦死者数は、約240万人にも達した。そのうち、約半数の約127万人もの遺骨が収骨されて、約113万人もの遺骨が未回収である。その中でも、戦艦の沈没から飛行機の墜落など、海中での戦死者数は約30万人、外国の戦場で未回収の遺骨が約23万人となり、総計で約53万人は収骨が困難をきわめた。
クウェゼリン環礁の日本軍は、1944年2月6日に全滅した。クウェゼリン環礁のエニンブル島で、2014年3月に16体の人骨が体発掘された。そのうち9体はアジア系の人骨であった。あらたにエニンブリ島で、アジア系6体の遺骨が発掘されて、そのうち5体の遺骨から死因は銃殺であると鑑定された。その上層の3体の遺骨は、両腕を伸ばした状態でうつ伏せに土中に埋葬されたと鑑定された。1体の遺骨にては、後頭部に銃痕を認められた。銃殺される直前に、バンザイ攻撃をして銃殺されて、さらに拳銃でとどめを撃たれて虐殺されたと推察された。
第二次世界大戦の犠牲となった日本人兵士と民間市民の戦死者の遺骨が約37万柱を回収した。遺骨収容など外国などから持ち帰った戦死者の遺骨のうち、遺族に引き渡せない不詳の遺骨は、千鳥ケ淵戦没者墓苑(Chidorigafuchi National Cemetery; 〒102-0075 東京都千代田区三番町2)を納骨した。この墓苑の遺骨に対する拝礼式を、皇族も参加して厚生労働省が毎年5月下旬に挙行して、環境省が墓苑を管理している。千鳥ケ淵戦没者墓苑は、1959年に閣議決定により、無宗教の戦死者の遺骨を埋葬する墓苑である。第二次世界大戦の大東亜地域で苛烈な戦闘により膨大な兵士や民間市民が戦没された。戦後に遺骨が日本に帰還して、外国から遺骨収集が開始された。千鳥ケ淵戦没者墓苑は日本に帰還した不明な戦死者の遺骨が 納骨室に納める無名戦没者の墓である。370,069柱(2019年5月27日)の遺骨が墓苑の六角堂に納骨されている。