2018年9月7日金曜日

フィリピンの戦いで日本軍兵士がアメリカ軍の捕虜になるよりは、首を吊って自殺した。

太平洋戦争のフィリピンの戦いにて、日本軍兵士がアメリカ軍の捕虜になるよりは、自決をするために首を吊って自殺した。アメリカ軍歩兵が、フィリピンのセブ島の周辺のカブラン島で、1944年12月22日に1本の樹木の幹に布の紐により、縊死した日本軍兵士の死体を検死した。
 セブ島は日本軍のカブラン島を含むビサヤ諸島防衛の中心拠点で、微力な日本軍兵14,500人が配備された。アメリカ軍兵士は、セブ島タリサイ海岸に1944年3月26日に、激しい砲爆撃の援護を受けて上陸した。ビサヤ諸島の戦いは、6月下旬までに島の主要部の制圧を終えた。以後は現地のフィリピン人ゲリラのみによる掃討が行われた。 日本軍指揮官の多くは総攻撃に出て玉砕して全滅すべきと主張したが、ルソン島司令部が持久戦をするように下命した。セブ島諸隊は太平洋戦争が終戦した1945年8月頃まで、連合軍と現地フィリピン人ゲリラと悲惨な戦闘を継続した。 日本軍は戦闘で多数の死傷者を出し、ジャングルに追い込まれ飢餓と病気、ゲリラ攻撃で消滅した。日本軍は各地で孤立して残酷な状態で終戦を迎えた。