2018年3月24日土曜日

ガダルカナル島のムカデ高地の峡谷では、アメリカ軍の砲撃にて日本軍兵士は一挙に約数十人が戦死した。

太平洋戦争において、アメリカ軍は1942年8月7日からガダルカナル島に上陸を開始した。ヘンダーソン飛行場の南東部に連なる血染めの丘と呼ばれるムカデ高地で、日本軍は9月12日からアメリカ軍の猛烈な砲撃と射撃を受けた。地形も険しく周辺の深いジャングルの中で混迷した日本軍は、アメリカ軍は上空から戦闘機からも攻撃を受けた。追い込まれて総攻撃するも、強力で膨大な正確な銃砲撃により壊滅した。峡谷では、アメリカ軍の砲撃にて日本軍兵士は一挙に約30人から40人が戦死した。血染めのムカデ高地には、両軍の死体が折り重なって散在した。その後も日本軍は10月上旬まで散発的な戦闘を繰り返しながら、次第にガダルカナル島は飢餓地獄に陥っていった。