2019年5月28日火曜日

太平洋戦争のガダルカナル島の戦いで、日本軍兵士が戦死や病死した死体に蝿が集り腐敗していた。

太平洋戦争のガダルカナル島の戦いで、日本軍兵士が戦死や病死して、1943年1月30日に死体に蝿が集り腐敗していた。ガダルカナルの戦いでは、戦闘だけでなく、飢餓とマラリアや赤痢などの病死から膨大な日本軍兵士の戦死者の死体が放置されて散乱していた。
 ガダルカナル島の戦いで、日本軍兵士は食料と武器の供給が途絶えて「飢餓による死の島」となった。ガダルカナル島は、日本から約5,000km離れた南太平洋のソロモン諸島で最大の島である。日本軍は1942年7月に島に飛行場の建設して、1か月後に連合軍が占領した。日本軍が1942年8月27日に奪還のため島に上陸した。
 日本軍兵士は、食料も武器も捕獲できず、すぐに枯渇した。連合軍からの激しい射撃で、日本軍兵士はジャングルの中へ逃避した。限られた食料で殺害され、重病になり、理性を失い、何もかも食べ尽くし、人間性が崩壊した。立つことができる人は約30日、起きることができる人は約3週間、立つことができない人は約1週間、寝転ぶ人は約3日、話すのを止めた人は約2日、まばたきを止めた人は明日までに死亡すると死期を日本軍は予測していた。
 約60,000人のアメリカ軍と連合軍は約6,842人が戦死したのに対して、日本軍は約36,402人の兵士を派遣し、約22,493人が戦死した。死者の4分の3が非戦闘死亡者で、飢餓と病気が主な死因となった。日本本土に帰還して生き延びた日本軍兵士は、さらに警察や軍隊からガダルカナル島の悲惨な戦争を極秘にするように脅迫された。




2019年5月28日 
Japan No War (JNW) 日本平和の市民連盟 視聴回数 220,000回