2018年7月19日木曜日

アメリカ軍兵士が、歩兵連隊の軍服を着服してアメリカ雑誌も携帯した中国人義勇兵を処刑して死体を見下した。

朝鮮戦争にて、中華人民共和国が1950年10月25日に参戦して、北朝鮮を支援した。中国義勇軍と北朝鮮軍は、南下に侵攻して12月5日には平壌を制圧して、1月4日には、ソウルを再奪還した。1951年初頭に、第5歩兵隊に所属したアメリカ軍歩兵士が、処刑した中国人義勇兵の死体を見下した。中国義勇兵の死体には、アメリカ軍の一般歩兵連隊の(General Infantry : GI)の軍服を着用して、アメリカ雑誌も携帯していた。アメリカ軍の治安維持活動の一環として、中国人義勇兵を秘密裏の窃盗として処刑した。アメリカ軍の地上軍の優位な武力とアメリカ韓国軍の強力な空爆により、中国人義勇兵と北朝鮮軍の南下に対抗した。最新兵器で態勢を立て直して反撃を開始して3月14日にはソウルを再奪回した。戦況は38度線付近で膠着状態となる。全戦線に塹壕を掘られ、中朝軍はさらに兵力を増強した。トルーマン大統領は4月1日にマッカーサーを解任した。1951年7月から休戦会談を繰り返すも不成立となり、最終的に1953年7月27日に板門店で休戦協定が調印された。