2017年8月12日土曜日

日露戦争で要塞の戦地で撮影された写真から折り重なり散乱した凄惨な日本兵士の死体が集積されていた。

日露戦争において、1904年8月19日から1905年1月1日までロシア帝国の旅順を攻略した。その前哨戦で、標高119mの東鶏冠山のロシア要塞に対して日本軍は8月21日から12月15日まで激戦をして膨大な死傷者を出した。第3軍参謀本部の「戦地に於イテ撮影したる写真」が残存していた。日本軍の軍装をした兵士の折り重なり散乱した凄惨な死体が集積された。