日本軍の捕虜となったアメリカ軍兵士が、同志を担架で肩に担いでバターンの死の行進をした。
フィリピンのルソン島にて、日本軍は1942年4月9日から3日間以上にわたり、バターン死の行進を捕虜のアメリカ軍とフィリピン軍兵士に強要した。歩行困難となった同志をアメリカ軍兵士が、簡素な担架に乗せて、2人の肩に担いで長い行列を行進した。日本軍がルソン島に設けたオドンネル強制収容所にたどり着き、先方には外柵が見えた。強制収容所では栄養失調から感染症で死亡し、虐待でも多数のアメリカ軍とフィリピン軍兵士が虐殺された。