2018年6月2日土曜日

捕虜となった日本人兵士はガダルカナル島の日本人死体を担架に乗せて運搬して塹壕に投げ込み埋葬した。

太平洋戦争にて、アメリカ軍は1942年8月7日にガダルカナル島に上陸して日本軍と激戦が勃発した。一木隊の約900人は1942年8月18日に、ガダルカナル島北東端のタイボ岬に上陸した。21日にイル川付近で、約10,000人ものアメリカ軍に突撃して、激しい機銃の掃射にて残酷に虐殺されて全滅した。一木隊の残兵は約100人のみとなり、捕虜となった日本軍兵士は、翌日の22日に川辺に散乱した一木隊の死体を埋葬する作業を強制された。日本人兵士の死体を担架に乗せて運搬して、塹壕に投げ込んで体積して処理した。1943年2月には日本軍は敗北してガダルカナル島から撤退した。アメリカ軍の太平洋戦争の大反撃が開始されて、太平洋上の諸島を撲滅しながら日本本土を目指した。ガダルカナル島の日本軍に対して十分な武器や食料の補給が行われず、多くの日本人兵士は悲惨な餓死に陥り餓島と名付けた。