2023年1月2日月曜日

六日間戦争(第三次中東戦争)で圧勝したイスラエルのモサド(イスラエル諜報特務庁)のスパイであったエリ・コーエンに、1965年5月18日にシリアで絞首刑が執行された。

1965年5月18日にイスラエルのモサド(イスラエル諜報特務庁)のスパイであったエリ・コーエン(Eli Cohen)に、シリアで絞首刑が執行された。コーエンは、1961年から1965年にかけて、イスラエル軍にシリアの膨大な量と幅広い情報データを提供した。コーエンのシリア要塞の植樹の秘密情報などにより、イスラエル軍は約2日間で、シリアのゴラン高原を占領できた。 

 1965年1月24日に、シリア治安部隊がコーエンを逮捕した。軍事裁判でスパイ行為で有罪となり、戒厳令下で死刑を宣告された。国際恩赦キャンペーンが巻き上がるも、40歳のコーエンは1965年5月18日に、シリアの首都ダマスカスのマルジェ広場で公開処刑された。死刑執行後、反シオニストの文字が書かれた白い羊皮紙が彼の体に貼られ、6時間吊るされたままだった。死後は、イスラエルの国家的英雄となった。

 第三次中東戦争(6日間戦争)は、1967年6月5日から6月10日にイスラエル軍と アラブ諸国(主にエジプト、シリア、ヨルダン)の連合との戦争である。アラブ軍側は約2万人以上が戦死して、イスラエル軍は約1,000人未満の戦死であった。イスラエル軍は、ゴラン高原・ヨルダン川西岸、市内半島、ガザ地区を占領した。コーエンのシリア要塞の植樹の秘密情報などにより、イスラエル軍は約2日間で、シリアのゴラン高原を占領できた。

 六日間戦争は、イスラエル国防軍が先制空爆を行って、エジプトとその同盟国の空軍は機能不全に陥った。その直後に、イスラエル軍は地上攻撃で圧倒して、エジプトからシナイ半島とガザ地区を、ヨルダンからヨルダン川西岸と東エルサレムを、シリアからゴラン高原を奪還した。六日間戦争は国連の仲介により停戦で一時停止した。中東の地図を大きく変わり、地政学的な摩擦が勃発した。イスラエル軍は約766人から983人が戦死して、約4,517人戦傷して、約15人が逮捕された。エジプト軍は約9,800人から15,000人が死亡あるいは行方不明、ヨルダン軍は約696人から約700人が戦死して、約2,500人が戦傷、シリア軍は約1,000人から約2,500人が戦死した。